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[世界史の理解]

2023年05月09日

リッベントロップと日独伊三国同盟(11)東京祝賀会

1940年9月27日のベルリン時間の13時に調印式だったので、東京は21時となり祝賀会となりました。シャンパーニュ片手の列席者の光景はベルリンのそれとはかなり異なりました。ドイツの最終的勝利が大前提で英米との対決が決定的となった条約ですから、最高責任者の近衛文麿首相がいるはずなのに出席せずに外相の松岡洋右が主催の外相公邸での祝賀会となりました。これだけ重要な条約ですから、ベルリンでの調印式にもムッソリーニが調印してもよさそうですがチアノ外相が調印し、日本も親英米派の来栖三郎大使が調印していることからしてこの条約の前途が多難なことを暗示しているといえよう。1940年は日本では、神武天皇即位の紀元前660年から数えて2600年であったことは日本人のお祭り好き国民性と相まってこの条約の現実的な意味があまり考慮されなくなる要因となってしまった。1940末まで日本では三国同盟記念行事が各地で開かれるが、ヨーロッパの状況がイギリスの抵抗継続からドイツのソ連攻撃へと激変しているのにお祭り気分のために深刻に受け止める状況が希薄であったが、日本は数年後これに高い代償を払うことになった。

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  • 既存の組織ではやりにくい横断的な試みができるところ。最初の試みである三国同盟秘史もドイツだけでなくイタリア、日本にもかなり言及。次の試みの慶大専科も世界史と英語が完全に一体化しています。また、現在準備中の孔明コンテストに至っては、外国語も英語だけではないし、勉強面でも理数も扱うし、スポーツもピアノも課題に入ります。